卓上戦諸録(D16)

D16の卓上ゲーム記録

翻訳のあれこれ

 mixiの日記から転載〜。
 いつもDragon誌やDungeon誌のレビューでお世話になっている、鯛足烏賊さんのところ(http://d.hatena.ne.jp/Tirthika/20090401/p1)で、『モンスター・マニュアル』のクリーチャー名について疑問提起がされてました。良い機会なのでちょっと翻訳チームでの基準や訳語の話について書きます。

 D&Dの翻訳チームは幾つかあり、書式や細かい翻訳の仕様については仕様書を定めてあります。コア・ルールを担当している僕たちのチームがこの書式を定めています。
 疑問として提出されている「訳語の統一感」ですが、鯛足烏賊さんのところで指摘されたアボレスの所を見て見ましょう。

鞭打つアボレス(Aboleth Lasher)
アボレスの粘液魔道士(Aboleth Slime Mage)
アボレスの奴隷使い(Aboleth Overseer)
アボレス・サーヴィター(Aboleth Servitor)

 実はこれは簡単な話で、前みっつのアボレス〜はアボレスというクリーチャーでそれぞれ異なる地位、役職を持ったアボレスですが、最後のアボレス・サーヴィターってのはアボレスの特殊能力で奴隷化されたクリーチャーのことで、アボレス種ではないのです。
 クリーチャーの名前については、次のような仕様になっています。

・クリーチャーの大項目名は原則カタカナ表記。たとえばMMのP.167のKoboldは「コボルド」とする。小項目名は原則として、同一種族内での役職や称号と思われるものは和訳(たとえばMMのP.168のKobold Slingerは「コボルドのスリング兵」とする)、それ以外は音訳する。ただしドラゴンの年齢段階は3.5Eとの共通性を考えて音訳する。
 実在の動物(ウルフ等)や、普通の英語の名前を持つモンスター(ゼラチナス・キューブ等)には説明文の頭あたりで和訳を併記する。

 エンジェルについても記されてましたが、これについてはエンジェル種の“役職・称号”ではないと判断しました。明らかにそれぞれ異なる独自能力を持っているので、エンジェルという大分類内の副カテゴリと見なしたためです。感じとしてはデヴィルと同じですね。彼らはたいていキュトン(チェイン・デヴィル)と言うように個別の名前も持ってたりしますが。
 
 ついでに、クリーチャー名についてはこんな感じで決めてます。
(1)特定分化圏に属する名前か?
 Yes→その文化圏での発音に従う。うち、ギリシア・ローマ圏由来のクリーチャーについては、原則として『ギリシア・ローマ神話』(ブルフィンチ岩波文庫)の表記に従ってます。3.0の時にドリュアスやペガソスだったのはこれが理由ですね。
 No→(2)デーモンやデヴィルの名前か?
   Yes→個々のデーモン、デヴィル、ユーゴロスの名は、(1)に反しない限り、ラテン語ふうに読む。
   No→(3)英語ではどう発音するか?
確たる出典がなく、また特定文化圏“ふう”の綴りになっているわけでもないものは英語ふうに読む。さらにWoCに問い合わせ音声を吹き込んでもらって聞き取ってます。3.XでのDretchがそうでして、これは明らかにラテン語にない、英語によくある綴りになっています。そこで英語「ふう」の綴りであると見て「ドレッチ」と読みます。これはモンスターはデヴィルの一種なのですが、(1)を適用したので、(2)は適用しません。
 
 なお、D&Dクリーチャーの名前についてはこのあいだPaizoからでたThe Dragon Compendiumに発音表記をまとめた記事が載っているので、そちらを優先してます。
 
 とはいえ、最終的な訳語の決定はHobby Japan社の判断によります。それにより以前の版でドリュアスだったのがドライアドになったり、スクブスがサッキュバスになったりしていますね。
 クリーチャーの名前については、本来別言語の発音を日本語に音訳すると言うことで、どうしてもずれが出ます。なるべく原典に近いもの、トラディショナルなものを基準としているのはそう言う理由です。
 ほかにもドワーフやエルフの名前はなるべくトールキン風にするようにとか。このあたりは翻訳チームの舘野さん、桂さんのおかげ。そう言えば桂さん舘野さんによれば“ドラゴンボーンの名前はPHBの名前からすると古代中近東&インド系の影響が見られる”そうです。
 
 で、追記の方の危惧についてですが……。
 自分が参加しているコア翻訳チームについていえば、その心配はご無用です。僕たちの方では、プロダクト毎に統一の辞書ファイルを作成、重複語についてはミーティングで検討、訂正した上でHJに提出してます。
 と言うか作業はデスね……、
 
 各人の翻訳完了→マージしたところで週末にミーティング、提出された全文について、語句、内容、ルール理解が間違ってないかをチェック。語句の相談、すりあわせを行なう。→ミーティング内容を辞書に反映(これはプロダクト毎に提出して各グループが最新内容で作業できるようにしてます)→一時校正を全文チェックした上で再びミーティング。ここでさらに誤字脱字、新たにわかった誤読などを指摘・潰す。Updateがかかったら反映する→校正をHJ社に渡す。
 
 と言うことをやっています。
 つまり、一つのプロダクトについて翻訳チームで2回は原文と訳文を付合わせてチェックしてます(それでも誤字脱字が見つかったり、ヌケが出たりしちゃうんだよなぁ)。
 
 翻訳チームに参加して一番の財産がこのミーティングです。桂さんを初めとしてそれぞれゲーム以外にも得意とする別分野、職種をもった人たちですので、このミーティングはとても知的興奮に満ちた、かつディープなヲタ話の渦巻く場なのですね。しかもそれぞれ譲れないところとかもあって、非常に楽しい。この異なる得意分野を持つ数人が互いにフォローし合うというのが重要で、広範な知識を必要とするD&Dの翻訳には不可欠と言っていいです。
 僕の例で言うと、初めて参加した3.0のMMが心に残っており、かつ今でもちょっと残念に思っているところがあって……。
 
 僕が最初担当したのは3.0MMの付録部分、動物と蟲とテンプレート。で、動物にこだわりがありました。具体的に言うと、ウルフでも狼でもなく“オオカミ”としたかった! ブラウン・ベアではなく、“ヒグマ”としたかった! エレファントではなく“ゾウ”としたかったのです。えー、生物というか農学というかその辺を囓ってると、可読性とか以上にカタカナ表記にロマンがあるんですよ。“ひいらぎ(柊、もくせい科)”よりも“ヒイラギ(柊、モクセイ科)”の方がカッコ良いでしょう? 
 あまり同意してもらえなかったけど(笑)
 
 まあ、その分はドラコノミコンの解剖図で満たしたのでいいです。みんなドラゴン袋(draconis fundamentum)のことばかり覚えてるかも知れませんが、僕的には竜種肩胛骨(scapula draconis)とか翼部橈側手根筋(alar carpi radialus)とかがロマンでした。
 あと楽しいのは訳語選定でしょうか。ルール的に大変なもの、Rage(激怒)とFury(憤怒)とFrenzy(狂乱)とを訳し分けたりと言ったものから、特技の名前とか。
 前にもどっかで書いたンですが、『戦士大全』の戦術特技はかなり調子に乗ってやってました。Three Mountainsが《三ッ山崩し》とか。それぞれの趣味が出るんだこれがまた。
 なので、今回鯛足烏賊さんところでモンスターのパワー名の和語について”原語よりだいぶ厨房度(褒め言葉として用いていますw)が高い。”と言われたのはとても嬉しいです(笑)