卓上戦諸録(D16)

D16の卓上ゲーム記録

ダゴン変遷

 これはmixiに上げた文章の転載ー。Fiendish Codex1: Hordes of The Abyssの紹介も含めて。

Fiendish Codex I: Hordes of the Abyss (D&D Supplement)

Fiendish Codex I: Hordes of the Abyss (D&D Supplement)

 この話には、2つの創作神話(片方はやや散漫な情報ですが)が関わってくる。
 1つは、クトゥルー神話。こちらについては、今や説明の必要はないだろう。いい時代になったものです。
 もう1つの神話、それは世界最初のロールプレイングゲームダンジョンズ&ドラゴンズで語られたものである。

 ダンジョンズ&ドラゴンズとは、ミニチュアを用いたシミュレーション・ゲームから派生したゲームであり、蛮人コナンやファファード・アンド・グレイマウザーといった「剣と魔法」世界での冒険の再現を意図としている。複数人が必要なこのゲームを、一人で行なうためにコンピュータに対戦相手や処理を任せたのがコンピュータRPGであり、ひいてはパソコンやファミコンでの現状の隆盛に繋がるのだがそれはまた別の話。

 剣士や魔法使い、悪漢や異教の司祭を駒として操作し活躍するこのゲームは、1970年代流行していたフィクションをどんどん吸収し無節操に物語の空間を拡張していった。
 結果としてトールキンに想を得た妖精エルフとドワーフ小人とが、北方から来た蛮人と肩を並べて、ジャングルの蛇人間と切りあうといった、正統派ファンタシィ・ファンからは眉をひそめられそうな絵面が溢れることになる。この、異世界を舞台に化け物をぶっちらばり、麗しき姫君と輝く財宝、そして魔剣を手に入れて更なる冒険に向かうという、フロイトが見たらたんまりとケーススタディをしてくれそうなゲームは当時の若者に大ウケした。
 英雄たちが戦う相手には、大型動物、巨人、恐竜、そして恐るべき竜などが用意されていたが、各地の神話や伝承に出てくる伝統的な怪物達はあっという間に狩りつくされる破目となった。ゲーム・デザイナーやプレイヤーの目が、かの『神話生物』に向いたのは当然であった。

 そもそも、先ほどの例で示したように、蛇人間やトカゲ人間はハワードの諸作品に登場していたのでたやすくこのゲームに組み込まれた。

蛇人間ユアンティ
http://www.hobbyjapan.co.jp/dd/news/mm3.5/yuanti.htm
トカゲ人間リザードフォーク
http://www.hobbyjapan.co.jp/dd/news/mm3.5/lizardfolk.htm

 特に、いわゆる半魚人としてのモンスターのデザインを見ると、彼らの脳裏にあったのが、ハマーフィルムの半魚人ではなく“深きものども”にあったのは明らかだ。
クオトア
http://www.hobbyjapan.co.jp/dd/news/mm3.5/kuo-toa.htm

 そして、D&D独自の“作られた”“新しい”モンスターとして一部でごく有名なマインド・フレイヤーもまた、クトゥルー神話の影響(間接的にではありますが)を受けている。
 #最もこのクリーチャーに関しては、“タコ頭”の邪悪な生物という外見程度にしか影響していないという話もあるのだけれど。

マインドフレイヤー
http://www.hobbyjapan.co.jp/dd/news/mm3.5/mindflayer.htm

 余談になるが、よそから持ってきたモンスターとして日本人にうれしいのは、アンバーハルクだろう。
アンバーハルク
http://www.hobbyjapan.co.jp/dd/news/mm3.5/umberhulk.htm
 このモンスターについては、元の作品というよりも、おもちゃのソフビが彼らのゲームで使われたというのが大きいようだ。元ネタはウルトラマンのアントラーというのが定説である。
アントラー
http://www.mirai.ne.jp/~hide2000/ult_kz/uman/antlar.htm
アンバーハルクの古い図版
http://paratime.ca/v_and_v/pics/jeffdee/c2_umberhulk.jpg

 さらに脱線すると、このD&Dというゲームで一般的になった、アンダーダークと呼ばれる広大な地下世界のイメージ(プレイヤーたちの冒険者はここで冒険を行い、数々のモンスターとやりあう)自体が、ラヴクラフト作品の『未知なるカダスを夢に求めて』に表れた巨大な地下世界を元としたものであった。だから、グールがいたり、先ほどの半魚人クオトアがここを本拠地にしているのである。もしもカダスがなかったら、D&Dの冒険者達が冒険する迷宮はずいぶんと小さなものにしかならなかっただろう。

#もちろん、ペルシダーなどの地底空洞説ものも着想の元ではあったとは思う。

 話を元に戻す。
 デザイナー達は『神話生物』をD&Dのモンスターとして翻案し、やがてもとの神話生物とは異なる存在にしていった。彼らは着想こそ『神話生物』でありましたが、D&Dという別世界で設定を与えられ、生態を描かれるうちに別のクリーチャーとなっていったのだ。
 デザイナー達は実のところ、想像というか剽窃の手をクトゥルー神話の旧支配者やグレート・オールド・ワンといった存在にまで伸ばしていた。各地の神話を扱ったルールブック、Deities&Demigodsの2刷まではギリシャ神話や北欧神話と並んでクトゥルー神話の存在がデータとして掲載されていたのは有名だ(ほかにはマイクル・ムアコックエルリック・サーガに登場する神々のデータもあった)。3刷以降はこれらのデータは省かれた。版権上の仁義は一応通してあったが、当時ライバル会社がそれらの小説をやはりゲーム化しようとしたため、外したのだそうだ。
 こういう経緯もあってD&Dクトゥルー神話の微妙な関係は今に至っている。

 さて、ここで一風変った存在がいる。
 この存在は、かなり初期のD&Dに存在していた。ただし、そのときには『神話生物』では“なかった”。
 その存在は、D&D中興のころ、だいたい90年代あたりにはずっと息を潜めている。
 そして、D&Dというゲームとその背景世界が大きく変革した、この新世紀に新たに蘇る。『神話生物』である事を明言こそしないものの、影響があったことをまったく疑わせない姿を得て。

 その存在の名を「ダゴン」と言う。