卓上戦諸録(D16)

D16の卓上ゲーム記録

ダゴン変遷2

 引き続き、mixiの内容の転載ー。


 AD&Dで、英雄に殴り倒されたり、英雄を喰らい尽くしたりするモンスターは『神話生物』に限りませんでした。いわゆる悪魔、デーモン、デヴィルといった存在も戦う相手として設定されました。
 当初、それらのデーモンやデヴィルの多くは特に固有名詞を持たない、また元ネタも(一部を除いて)特に伺えない強力なクリーチャーに過ぎませんでした。
 この段階ではっきりと元ネタがあるといえば、デーモンの一種サキュバスとバロールでしょう。前者は淫魔として既に名がありました。そしてバロールは指輪物語に登場したバルログに他なりません。そもそも名前からしてTypeIIIとかTypeVIとか呼ばれていました。
 デヴィルたちもアイス・デヴィルやホーンド・デヴィルといったようにその特徴から名前付けられていました。
 しかし、その中には確かに固有名詞を持つ、悪魔たちがいました。たとえばBaalzebul(元ネタはベルゼブブ)、Asmodeusなどです。彼らは強力な存在として設定されてました。
 追加モンスターを集めた『モンスターマニュアル2』でもやはりこれらのユニークなデーモンやデヴィルが追加され、その中には名前だけが登場するものもありました。その名前だけが登場していたデーモンの1柱がダゴンだったのです。
 
 さて、このダゴン、どっちのダゴンでしょうか?
 
 神話生物の「父なるダゴン」である可能性は十分にあります。が、ペリシテ人が信仰した「ダゴン」がデーモンの名前として使われている可能性もあります。実際、すでにパズズはデーモンとして登場しています。
 
 父なるダゴンのイメージ>http://www.templeofdagon.com/artwork/rick-sardinha/Dagon.jpg
 ペリシテ人が信仰したダゴンのイメージ>http://www.bible-history.com/past/dagon.html
 
 もっとも、神話生物のダゴン自体が、ペリシテ人の神ダゴンから着想を得ている以上、この辺がどちらにも取れるのは当たり前といえましょう。
 ちなみに言うと、前述の半漁人種族クオトアの主神は「Blibdoolpoolp(ブリブドゥールプールプ)」という名前の神格になっており、名前上はダゴンとのかかわりはなさそうです。
#どちらかというと、名前だけなら別のTRPGであるストームブリンガーでケン・セント・アンドレがでっちあげた魚の王「プ!プッ!プーフープ(プッは頬に空気をためて、唇にて指を当てて押し出す破裂音)」に近そうです。
 
 で、ダゴンですが……この1983年の登場後は雑誌にちょっぴち名前が載っただけで2006年までほとんど触れられずじまいでした。
 
 2006年、デーモン族を解説する資料が刊行されました。書名を「Fiendish Codex I: Hordes of the Abyss」といいます。そして、その中にDemonPrinceの一柱としてダゴンが登場しました。
 まずはその画像を見てみましょう。
http://www.wizards.com/dnd/images/fc1_gallery/98445.jpg
 一覧して、明らかに神話生物としてのダゴン像を意識しているのがわかります。外見だけではありません。
 このD&Dダゴンはデーモン族の中でも古い存在で、今デーモン族の大半を占めるタナーリ族よりも、さらに古いobirythという存在であるとされています。同じような存在にはパズズがいます。
 彼らは互いの喉首を狙いあう奈落のデーモンたちとは一線を画した存在であり、現在の力はともかくとして別格の能力を持ったものとしてデザインされています。
 そして、その姿を見たもの達はすべて、精神の判定を強いられ、失敗すると永劫の狂気にとらわれてしまうのです!
 
 実のところ、この設定は多分にゲーム的な判断から来ています。これは明らかにクトゥルフ神話を扱った別のTRPG、『クトゥルフの呼び声』に想を得たものです。このゲームではプレイヤーは1920年代アメリカの探索者となって神話存在に挑みます。強大なる神話存在にキャラクター達はかなうはずもなく倒れてゆくわけですが、そこに正気度ポイントというものがあります。探索者はショッキングなできごとや宇宙の異質さに直面するごとにこの正気度を失ってゆき、一時的な発狂や恒久的な狂気に見舞われます。これは、ゲームとしてクトゥルー神話を遊ぶための優れたギミックでした。
 
 もちろん、D&D宇宙におけるダゴンは神話存在ではありません。彼は太古のデーモン族として現在の奈落の公子たちに知識を与える存在として描かれています。実際の力こそ現在の公子たちには劣るものの、ほかには手に入ることのない知識の持ち手として。
 2006のダゴンははっきりとクトゥルー神話の、それもゲーム上の扱いを元にD&D世界に翻案されたものだということがお分かりでしょうか? しかも堂々と、ダゴンという名前そのもので。
 
 D16はこれこそが、30年を経てクトゥルー神話が、幻想文学の1ジャンルではなく、もっと卑俗な物語体系として受け入れられたのだという証ではないかと考えます。
 その、浸透と拡散というやつでしょうか。
 
 おそらく、30年前には神話生物としてのダゴンは、デザイナーの頭の中でもはっきりと「ラヴクラフトの手になる、ダゴン」であり、自社製品にそのまま反映させるというのはしにくかったのでしょう。
#もしかしたら、D&Dというゲームがクトゥルー神話に飲み込まれるのを恐れたのかもしれませんが。
 しかし、いまや時代は下りちょっとしたオタクならダゴンなりクトゥルー神話なりの名前を知るようになりました。
 
#いや、ダゴンはそうでもないかなー。だって美少女にならなかったし。
 
 海外でも同様の浸透拡散がなされ、2次創作ダゴンがD&Dのルールブックに載るのに違和感を覚えない人が増えてきたのでしょう。
 実のところ、ダゴンの属するデーモンやデヴィルも、一旦反発を受けた上で、浸透拡散を行なっています。
 D&Dの2版ではデーモンはタナーリ、デヴィルはバーテズゥという名前の“クリーチャー”となっていました。また、ゲームの基本セットからは著名な悪魔の設定や名前は除かれました。
 デーモン、デヴィルや著名な悪魔の固有名詞が出てくる遊戯として非難を受けたからといわれています。つまり、遊戯がそうした非難を受ける時代があったのです。
 時は過ぎ、3版が出るとき。モンスターマニュアルにはデーモンとデヴィルの項が復活しました。それは、D&Dというゲームが受け入れられたゆえかもしれませんし、単にメフィストフェレスやアスモデウスといった名前に往時のまがまがしさがなくなったからかもしれません。たしかにコンピュータ・ゲームなどではいくらも出てくる名前ですからね。
 
 つまり何がいいたいかというと、クトゥルーの浸透と拡散が海外では、
http://www.wizards.com/dnd/images/fc1_gallery/98445.jpg
国内では
http://www.nitroplus.co.jp/pc/lineup/into_05/characters_03.html
 
 ……まぁ、日本にいてよかったのかな。